サクラユタカオー死亡(前)
いまから24年前、1986年に行われた第6回ジャパンCで、サクラユタカオーは1番人気に推されました。この年の秋、同馬は競走馬としてのピークを迎えており、毎日王冠(G2・芝1800m)を1分46秒0、続く天皇賞・秋(G1・芝2000m)も1分58秒3と、2戦連続で日本レコードを樹立していました。
530キロに達する雄大で均整の取れた馬体、輝くような明るい栗毛、温和な気性。いかにも良家のボンボンといった風情がありました。天皇賞を制した夜、NHKのスポーツニュースに小島太騎手が中継で出演し、インタビューを受けたという記憶があります。それぐらいスターホースとしての扱いを受けていました。
しかし、期待を背負ったジャパンC(G1・芝2400m)は6着。距離の壁はいかんともしがたいものがありました。
誤解を恐れずにいえば、種牡馬としての可能性という意味では、この結果はポジティヴなものだったと思います。種牡馬というものは、特長のないオールラウンダーよりも、伝えるものがはっきりしている馬のほうが成功すると思います。それがスピードであれば申し分ありません。サクラユタカオーの持ち味は中距離におけるズバ抜けたスピード。2400mでタレたことでこの一芸が際立った、というとらえ方もできるでしょう。
半兄サクラシンゲキ(重賞4勝)、甥にサクラスターオー(皐月賞、菊花賞)がいる良血で、3代母スターロッチは有馬記念とオークスを制した名牝です。日本における最良の在来牝系のひとつといえるでしょう。
これに Nasrullah 3×4というスピード豊かなクロスを施した配合は、シンプルで狙いがはっきりしています。母方にネヴァービートを持つテスコボーイ産駒といえば“黄金の馬”ハギノカムイオー。これも速い馬でした(Nasrullah 3×5・5)。このほか、Jury≒Precipitation 4×5という相似な血のクロスもあるので、配合の完成度は高いと思います。(続く)
http://db.netkeiba.com/horse/ped/1982101222/
┌ Hurry On
Jury ―――――┤ ┌ Bachelor's Double
└○┤
└○┐ ┌ Desmond
└○┘
┌ Hurry On
Precipitation ―┤ ┌ Bachelor's Double
└○┤
└○┐ ┌ Desmond
└○┘
競馬を初めて見たのがエアグルーヴが制した天皇賞(秋)だったので、サクラユタカオーの現役時代はリアルタイムで見ていません。中距離での圧倒的なスピードが武器だったんですね。「中距離でのスピード」というと、サイレンススズカをイメージしてしまいます。その走りを見ているだけでワクワクし、個人的には最も好きな馬でした。98年の天皇賞(秋)では残念な事になりましたが、彼の様なサラブレッドをもう一度見たくて競馬を見続けているかもしれません。彼が種牡馬になれていたら、どんなタイプの子供を出していたんですかね。栗山さんはどう思われますか?答えづらい質問かも知れませんが、聞いてみたいです。
投稿: ユウ | 2010年11月25日 (木) 08:03
死んでしまった馬のことは何とでも言えるのですが、サイレンススズカがもし種牡馬になっていたら、リーディングサイアーを争う名種牡馬になっていたと思います。母は Mr.Prospector 系で Nasrullah が3本、さらに Tudor Minstrel に Turn-to ですから、どう考えても速いわけです。コンスタントにスピードを伝えられると思うので、おそらく勝ち上がり率の高いマイル~中距離型の種牡馬でしょう。
大物を出すにはスタミナ血脈との和合性が必要です。Miswaki はその面において申し分のない能力を持ち、たとえば Sadler's Wells を抱えた繁殖牝馬などは、サイレンススズカが Never Bend を抱えているだけに相性が良かったのではないかと想像します。つくづくその死が惜しまれます。
投稿: 栗山求 | 2010年11月25日 (木) 22:03