片野治雄のファミリーテーブル考察
<続・種牡馬についての個人的見解>
「枝の定理」と既存の血統理論の大きな違いは、<遺伝能力の違い>に着目している所にあります。例えばサクラバクシンオーは非常にスピード能力に優れた競走生活を送り、産駒たちも父に似たタイプが多いという観点から遺伝能力が高いと判断できます。サンデーサイレンスもバクシンオー以上に高い遺伝能力を持っていたからこそリーディングトップを維持できたと言えるのですが、種牡馬としてのサンデーサイレンスはアメリカでの競走生活のイメージとは打って変わって芝の切れ味勝負に優れた産駒を数多く輩出してきました。もちろん父同様、ダートに高い適性を持つ産駒もいましたが、全体から見れば微々たるもので、距離適性もスプリントG1勝ち馬から春の天皇賞などの中長距離G1勝ち馬まで多岐にわたっています。つまり自身に似た産駒を多く出すバクシンオーと自身のイメージとは違った産駒を多く出すサンデーサイレンス。同じようにリーディングに顔を並べる種牡馬でも遺伝能力の資質には大きな違いがある事がわかります。
この違いを「枝の定理」というフィルターに通してみると、牝系ごとの分枝記号による特性とあまり呼応せずひたすら自身のコピー(語弊がありますが)を量産していくバクシンオーと、牝系の特性を上手く引き出しつつ自身の潜在能力と絡めて優秀な競走馬を輩出していくサンデーサイレンスの違いが「血統の共鳴」という形で表れているのです。本誌で初めて掲載された時に発表した<父か母父にSSを持つf 記号馬はサンデーの底力が強く遺伝される>というのがそれで、アドマイヤベガ[9-f ]やディープインパクト[2- f]、また母父にSSを持つエンドスイープ産駒のラインクラフト[9-f ]やアドマイヤムーン[7- f]、エルコンドルパサー産駒のソングオブウインド[9-f ]などが牝系の特性とサンデーサイレンスの持つ潜在能力(スピード・瞬発力)が上手くマッチした成功例と言えるのです。
逆に「血統の共鳴」無しでG1を勝ちまくったサンデーサイレンス直仔のダイワメジャーやゼンノロブロイ、バブルガムフェローにジェニュインなどは現役当時のサンデーサイレンスの姿を投影したタイプの競走馬と言えると思います。彼らは芝のG1を複数勝ちながらもキレ味比べで敗れるシーンも多々ありましたし、産駒たちの競走成績を見てもダートに高い適性を持つタイプも多く、それはやはりダート競馬の本場・アメリカでトップを張っていた頃のサンデーサイレンス自身の姿が反映されていたからだと僕は考えています。
遺伝能力の伝達パターンが1つのサクラバクシンオーと、2つのパターンを持つサンデーサイレンス。既存の血統理論はこの違いを明確にアピールしたものが意外に少なく、ならば「枝の定理」はむしろこれらを前面に出しつつ展開していきたいと思い、発表した次第です。
現在の日本競馬ではSS直仔も減り、勝負所で瞬時にギアを上げる事ができる競走馬が少なくなったせいか、「路面硬化を逆手に取った前残り」などトラックバイアスに左右されるレースがG1でも珍しくなくなっています。レースイメージの変化によって、かつて隆盛を誇った「f 記号の母父SS」という競走馬の活躍も激減し、反対に広い外回りコースを持つ競馬場が増えた事でSS全盛時では脇役に回っていたc 記号馬や h記号馬などの「長くいい脚を使える系統」が勢力を伸ばしてきたのも新しい時代の幕開けなのかもしれません。