セレクトセール2020取材日記② 野中香良

【ディープ、キンカメ産駒不在の当歳セッション】2日目

 1歳セッションは終わってみれば5億円馬も誕生し、19年の売り上げこそ超えなかったが過去2番目の商いに終わり、馬主たちにはコロナ禍も関係ないということを証明した。ただ、2日目は1日目ほど売り上げが伸びないと言われていた。セレクトセールを牽引してきたキングカメハメハ産駒とディープインパクト産駒が不在。良血繁殖の仔は多く上場されているものの抜けた種牡馬がいない状況では、ノーザンF生産馬でも高値は付かないのではという声も上がっていたほど。しかも、期待のロードカナロア産駒は3歳世代が不振で馬主たちの動向も読み辛いというのが事前に競馬マスコミに流れた内容だった。
 しかし、「ファイナルスコアの2020」(牡、父ロードカナロア)が2億円(以下、全て税抜き価格)で大塚亮一氏が落札。大塚氏は囲み取材で「サンデーサイレンスの血が入っていない牝系で、後に種牡馬としての価値も出るでしょう。この馬の兄のエカテリンブルク(父ブラックタイド、18年1歳セール1億4000万円、落札者KTレーシング)も、このセールで競ったように思い入れもありました。今日一番欲しかったのがこの馬です」とコメントしている。
 ブラックタイド産駒でも1億4000万円だったことを考えるとロードカナロア産駒なら2億円も頷ける(根拠なし!)。
 結局、セリ開始は当歳セッションの販売総額83億3300万円。史上最高額を記録した19年の数字には及ばなかったものの(約15%減)、18年の82億5750万円を上回った結果となる。1億円を超えたのは11頭と、19年の20頭よりは減っているものの、ディープインパクト、キングカメハメハ産駒がいなかったことを考えると、それでも凄い数字といえるだろう。

○当歳セッション億超え馬一覧
・ファイナルスコアの2020(牡、父ロードカナロア) 2億円
・マラコスタムブラダの2020(牡、父キタサンブラック) 1億9000万円
・カデナダムールの2020(牡、父エピファネイア) 1億2000万円
・サマーハの2020(牝、父サトノダイヤモンド) 1億円
・ヒルダズパッションの2020(牡、父ハーツクライ) 3億8000万円
・シーヴの2020(牡、父ハーツクライ) 2億1000万円
・シーズアタイガーの2020(牡、父ハーツクライ) 2億7000万円
・クイーンビーⅡの2020(牡、父ドゥラメンテ) 1億4500万円
・スターシップトラッフルズの2020(牡、父ハーツクライ) 1億3500万円
・フリーティングスピリットの2020(牡、父キタサンブラック) 1億1000万円
・キラモサの2020(牡、父ロードカナロア) 1億4000万円

 改めて見直してみるとディープインパクト産駒、キングカメハメハ産駒がいないのなら、大レース実績のあるハーツクライ産駒に人気が集まった印象。ただ、ハーツクライ自身も19歳とキングカメハメハとは同世代、ディープインパクトのひとつ上という馬齢ということを考えると、本当の意味でセレクトセールの真価が問われるのは、同馬の産駒が上場されなくなったときだろう。今年の当歳セッションは2大種牡馬の仔がいなかった割に健闘したともいえるが、それを支えたのはハーツ産駒だったいうことだ。ちなみに最高価格となったヒルダズパッションの2020は落としたい(セリに参加した)と言われていた個人馬主の大方の予算は3億円だったいう話も漏れ伝わっている。大きくその価格を超えたというのは、誰もがいい馬だと認めたからか。
 POGとして覚えておきたい(だいぶ先だけど)のは、ミスパスカリの2020(父エイシンヒカリ)とサマーハの2020(父サトノダイヤモンド)である。実はこの2頭ミスパスカリの2020が上場番号348、サマーハの2020が上場番号349という続き番号である。基本的に目当ての馬の前後は馬主としても忙しい時間帯。パレードリンクを見学したり、落札すればサインや関係者が挨拶にやってくるからだ。この2頭を落札したのは金子真人HDだった。サマーハの2020は悲運の死を遂げたシャケトラの半妹にあたる。2つ上の半姉であるサマーハの2018(馬名・サヴァニャン、牝、父ディープインパクト)は2億1000万円で金子オーナーが落札している馬。という因縁はあったにせよ、サトノダイヤモンド産駒で実績がある訳でもない。サマーハの仔は一時期シルクレーシングで募集されているし、サヴァニャンが初めてのディープインパクト産駒だった。それでもこの仔を落とそうという金子オーナーの気迫が牝馬で唯一の億超えを果たした理由だろう。

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 ミスパスカリの2020(父エイシンヒカリ)に至っては謎も多い。母のミスパスカリは元々、金子氏の所有馬で引退後はノーザンFに預託されていた。スプリングSを勝利しているマウントロブソンや17年菊花賞3着のポポカテペトルを輩出している優秀な繁殖。ところが、金子氏は19年1月のジェイエス冬季繁殖馬セールに上場しスマイルファームが落札したという経緯があった。スマイルファームに移動して種付けされたのがエイシンヒカリだったのだ。繁殖セールでは高齢(上場時18歳)にも関わらず490万円で落札されている。エイシンヒカリの種付け料が250万円(受胎条件)だったことを考えると、ノーザンFに預託し生産した方が、総額として安く済んだのではと勘繰りたくなってしまう……。もちろん、金子氏にとってみれば大きな差はない金額ということなのだろうが、裏を返せばミスパスカリの2020(父エイシンヒカリ)のデキが良かったと邪推することも可能だろう。

 セールを取材していると、この手の妄想や思惑、人間模様も見えてくることもあるのだ。
 最後の総括に当たった社台Fの吉田照哉氏は「日本全体の景気のこともある。今年は何とか持ちこたえていただいたが、来年はわからない。今まではディープインパクトの仔を買えばG1やクラシック……という方程式みたいなものがあったが、これからはそうはいかない。どの種牡馬の仔が走るかは誰にも分からないのが現状じゃないですかね」と正直な感想を述べていた。気の早い話だが、POGも22年以降は混沌としそうだし、より競馬ファンのセンスが試されることになるだろう。