Northern Dancer 没後20年(2)
現役時代の Northern Dancer は米二冠を含めて18戦14勝。カナダ産馬として史上初めてケンタッキーダービーを勝った馬でもあります。勝ちタイムの2分00秒0は64年当時のレースレコード。これを上回るタイムは半世紀近くを経た現在でも Secretariat(1分59秒4/73年)と Monarchos(1分59秒97/01年)の2つだけです。
http://www.youtube.com/watch?v=LIRmzt4UmMc
種牡馬としては最初の4年間をカナダで過ごし、その後、死亡する90年まで米メリーランド州にあるウインドフィールズファームの支場に繋養されました。アメリカにおける馬産の中心地はケンタッキー州。Northern Dancer は一度もそこへ足を踏み入れることなく、約700キロ東部に位置する大西洋沿いのメリーランド州に在りながら、種牡馬の王として君臨したのです。
Northern Dancer が生涯に送り出した産駒はわずか635頭。23シーズンの種付けでこの数字ですから、1シーズンあたりに直すと28頭弱。毎年コンスタントに250頭以上の種付けをこなしているキングカメハメハなどは、わずか3年で Northern Dancer の総産駒数を抜いてしまう計算です。ただ、Northern Dancer は、種付け頭数を抑えることで逆に価値を高めることに成功しました。晩年の種付け料は億単位といわれ、83年にキーンランドのイヤリングセールで落札された1歳の牡馬(後の Snaafi Dancer)には、なんと1020万ドル(当時のレートで約24億円)という値がつきました。
http://www.pedigreequery.com/snaafi+dancer
当時、アメリカのセリ市場を席巻していたのは、ロバート・サングスターなどのヨーロッパの富豪と、マクトゥーム・ファミリーなどの中東勢。これらが Northern Dancer とその系統の良血馬を根こそぎ買い上げ、ヨーロッパへ持っていってしまったので、Northern Dancer は北米で誕生した血統でありながら、むしろヨーロッパを中心に繁栄しました。Nijinsky、Lyphard、Nureyev、Sadler's Wells、The Minstrel、Storm Bird、El Gran Senor などはヨーロッパで走った馬たちです。北米で競走生活を送り、種牡馬としても成功を収めたのは、初期の Vice Regent を除けば Danzig ぐらいしかいません。(続く)
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