羽生善治三冠が棋聖位防衛
“羽生世代”とひとくくりにされる一群の棋士たちがいます。しかし、気がつけば、トップで活躍しているのは羽生善治のみ。それ以外の棋士たちはここ最近、タイトル戦にからむことがめっきり減りました。
将棋は頭脳ゲームですから、年齢を重ねて脳の活動が衰えると勝てなくなります。二世代上の中原誠、一世代上の谷川浩司も不惑を迎えたあたりから徐々に成績が下降していきました。70年前後に生まれた羽生世代の棋士たちは、30代から40代の変わり目にさしかかっています。
成績を落とす同世代のライバルたちとは対照的に、羽生善治は快進撃を続けています。4月から始まった新年度の成績はこれで13勝2敗(勝率8割6分7厘)。4~5月の名人戦は三浦弘行を相手に4勝0敗、6月の棋聖戦は深浦康市を相手に3勝0敗と、連続ストレート防衛を果たしました。
羽生善治は、95年に空前絶後の七冠を達成したあと、将棋に対するスタンスを変えたといいます。ひと言でいえば、目先の勝ち負けにこだわらなくなった、ということです。ガツガツと目先の1勝にこだわると、必然的に穏当な手ばかり指してリスクを避けるようになります。目先の1勝は得られても、長い目でみると将棋の幅を狭めることになり、トータルでは決してプラスになりません。
「リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。次のステップにもならない。それこそ、私にとっては大いなるリスクである。いい結果は生まれない。私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。」(『決断力』羽生善治著)
重要な対局であっても守りに入ることなく、リスクを承知で実験的な手をどんどん指す。もちろん、それで負けることもあるわけですが、羽生善治はそれをよしとして受け入れてきました。その十数年の営みが、彼の将棋をいっそう豊かなものにし、結果的に棋士生命を延ばしたといえるでしょう。
将棋の手ではありませんが、昨年の名人戦第7局の昼食時、羽生善治は「にぎり寿司とジンジャーエール」を注文しました。この独創的な組み合わせは“羽生新手”として話題となりました。ジンジャーエールはおそらくガリの代用でしょう(いずれも生姜が原料なので)。誰も気がつかなかったこのアイディアに「これは案外アリかもしれない」「さすが羽生さん」と感心する声があがりました。食事においてもありきたりなメニューに満足せず、常識にとらわれず新しい味覚を追究する。そのフロンティアスピリットこそが羽生善治の真骨頂です。
希代の天才棋士であることはいうまでもありませんが、長期的な戦略を描くことのできる聡明さ、自らを律することのできる強い意志は、並の人間が容易に真似のできることではありません。日本のあらゆるジャンルを横断しても、これほどの人物はなかなか見当たらないと思います。
栗山さんも将棋ファンだとは存じ上げませんでした。
いつも勉強させてもらってます。
あの中原、米長もそうでしたし、羽生世代の彼らをみるにつけ、やはり大山十五世名人の偉大さを感じずにはおれませんね。
投稿: ダンディさっさん | 2010年6月29日 (火) 07:37
いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
大山十五世名人の偉大さについてはまったく同感です。66歳でタイトル挑戦、69歳で亡くなるまでA級……。ちょっと考えられませんね。羽生さんは、棋力のアンチエイジングに関して、大山十五世名人の棋風(相手の心理を操る、手を読まずとも経験と勘で最善手を発見する、など)を意識しているのではないかと、その発言の端々から感じています。
投稿: 栗山求 | 2010年6月29日 (火) 11:22